chip of wood

音楽と風景

 40mPの曲の中に「向日葵」という曲がある。純粋で透明な愛する人への思いを綴った歌なのだが、この曲を聴く度に僕の瞼の裏には鮮やかな向日葵畑が広がる。出だしのヴァイオリンの心地良いリズムはまるで向日葵が風に揺れているようで、夏の青空と向日葵の黄色の鮮やかなコントラストが焼き付いて離れない。この曲を聴けば冬の寒い日でも僕は夏の青空を鮮明に思い浮かべることが出来る。
 先日、同作者によるアルバム虹色オーケストラに収録されている「春に一番近い場所」を電車の中で聴いていたら鮮やかなイメージが再び僕の中で広がった。
 イントロの可愛い鉄琴の音に小さな瑠璃唐草を思い浮かべ、二番の勢いのあるギターのカッティングで強烈な南風が吹き荒れ春が加速する。サビの後のボーカルの「hay!」の声が呼び込むピアノソロに桜吹雪の中で軽快にスキップをしながら歩く女性の姿を思い浮べ、最後のサビでは草花が咲き乱れる小川に架かる橋、そして、その上を走る列車の姿が浮んだ。その風景に別れの寂しさと新しい生活への期待感を僕は感じたのだ。
 この曲を実写PV付きの動画で見た時は、たいして心に残らなかったし、いつもの40mPだなといった感想以上のものはなかった。虹色オーケストラでは歌手はボーカロイドではなく人間だし、アレンジも変わりオケも全て生演奏で録り直したものだが、それ以上にPVがないということがここまで印象を変えたのではないだろうか?
 映像は受け手の想像の余地を狭め、音の持つ意味を限定してしまう。PVは曲の持つ世界観を広げる手助けにもなれば時として足枷になる時もある。先ほど述べた「向日葵」もアルバムのみに収録されているのでPVは存在しない。だからこそ、僕は自由に曲の保つ意味、風景を想像出来たのではないだろうか?
 ニコニコ動画では華やかなPV付きの動画がもてはやされているようなイメージがあるがそれは音楽の持つ力、可能性を狭めてしまう要因にもなりかねないと思う。
 40mPが別名義でmuzieに上げている楽曲を彼のファンの方々に是非一度聴いてもらいたい。そこには野山を駆け回る少年の姿や幻想的なのに懐かしい不思議な空間、穏やかな時を刻み続ける遠い異国の風景などがはっきりと音に込められている。
http://www.muzie.ne.jp/artist/a023080/
 

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新年あけましておめでとうございます

 みなさんはじめまして、木片と申します。新年も開けいい機会だなと思いブログを始めることにいたしました。以後よろしくお願いします。ここでは日々見聞きし思ったことを書きつつ、ニコニコ動画等で行なっている作詞活動の告知をさせて頂く予定です。
 せっかくですので一曲、過去にニコニコ動画にあげたもの紹介させていただきたいと思います。

 これはニコニコ動画に上げた一曲目になります。作曲はツマーくんによるものです。
 3月の春先にtwitterで「若者たちの門出を祝福するような春らしい曲が作りたいなぁ」とポストしたらツマーくんから「作りましょう!」という元気なリプライが返ってきてあれよあれよという間に作ることになりました。しかし、作り始めてみたら以外に難産で結局発表できたのは初夏になってしまいました。
 僕は春が近づいてくると毎年毎年ウキウキしてしまい、テンションが跳ね上がるのですが、一体そのエネルギーを何処に向けていいのか分からないので取り敢えず自転車に乗ります。あてもなく春の陽気の中で疾走するのはたいそう心地よく爽快です。
 しかし、自転車は精神力の乗り物です。電車だと座ってれば目的地に着きますが自転車はこいだ分しか進みません。遠くへ行けば行くほど帰りの距離が長くなりますし道に迷えば不安になるし日が落ちてくると孤独感に苛まれます。
 それでもペダルをこぎ続けるのは僕が馬鹿だからです。馬鹿で愚かで少年の頃の感覚にいつまでもすがっているからです。まだ何も知らない、あの頃の僕に取って世界は未知の可能性の固まりでした。そして、自転車を手に入れた時、自分の世界を広げる力を手に入れたのです。自転車でたどり着いた場所は僕の世界の一部。そんな幼い日の感覚を取り戻したくて自転車に跨るのです。
 僕の書いたこの歌詞の主人公の女の子は何故、自転車で山を越えられたら変われると思ったのか。正直僕にも分かりません。でもこの女の子も自転車好きの馬鹿なので変な理屈でそうなったんだと思います。自転車は馬鹿の乗り物。自転車乗りはそれぞれが分けの分からない哲学で走っているんじゃないのかな?そんな風に僕は思うのです。

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