chip of wood

穏やかな時間

 僕は喫茶店でウインナーコーヒーを飲んでいた。
 井の頭公園のすぐ近く、雑貨屋さんや服屋さんが立ち並ぶ一角、控えめな看板の脇にある階段を登って右手、古着屋の先の木製のドアを開けると武蔵野珈琲店へたどり着ける。
 落とし目の柔らかい照明、木製でクラシカルな内装、カウンターの中の棚には上品なコーヒーカップが並んでいる。クラシック音楽が控えめに流れる店内で、お客たちは静かな時間を楽しむ。珈琲を味わい、手作りのケーキに舌鼓をうつ。静かに語り合う恋人たちがいれば、マスターとの世間話に興じる人もいる。
 僕は予想以上に甘い生クリームに戸惑いながら、小説のページをめくり続ける。外で活字を読むのは苦手な癖に、僕が喫茶店に入ったのは、外へ出たかったがお金が無く他に行く場所がなかったからだ。
 春の気配を日差しの中に感じつつも、道端には未だに雪が残っている。刺すような冷たい空気は、季節は未だに冬であるということを僕に再認識させた。井の頭公園をぶらぶらしていた僕は、これ以上の外歩きを断念し暖かい喫茶店に逃げこむことにしたのだ。
 しかし、いくら時間が経っても両手の指先は冷たいままだ。手が冷たい人は心が暖かいという迷信があったような気がする―いや、手が冷たい人は心も冷たいだっけか? なんにせよ、指先が冷たくては本のページをスムーズにめくれないし、財布から小銭を取り出すのも一苦労だ。
 長い長い冬の寒さが僕の体内に溜まりに溜まり、指先を凍らせてしまったのだろうか? もう僕には、冬が終わりやがて春が訪れるということが信じられなくなりつつあった。このまま、空も、街も、僕の心と体も冷え込み続け、やがて死んでしまうのではないだろうか? 
 そんな諦めに支配されていた僕に取って、朝起きて僅かな春の温もりを感じた時の喜びは、まるで応募した覚えのない懸賞に当たったかのようだった。そして、調子に乗って街へと出て、直ぐに現実を思い知らされた分けだ。
 
 
 一時間ほどで連作短編の内の2つの物語を読み終えると、僕は本を閉じ、熱の冷めつつあるウインナーコーヒーを飲み干した。何気なく、カウンターの中で働くウエイターの動きを目で追う。彼は急ぐでもなく、のんびりでもなく、程よいペースで皿を洗い、お湯を沸かし、ケーキを切り分ける。その動きが止まることは一度としてない。僕の他にお客さんは三組ほど、決して忙しくは無いと思うのだが、それでもやることは多いのだろう。マスターは20分ほど前に何処かへと姿を消していた。
 僕は思考することにした。
 しかし、思考の果てに病へとたどり着いた経験を持つ僕は、本能的に思考することを避けている節がある。そして、避け続けた結果、いつのまにか思考することが出来なくなっていた。しかし、それでもなんとか思考してみる。
 季節について考える。流れる時間の速さの変化について考える。いまの自分の状況について考える。これからの僕の人生について考える。人生を支配する運命について考える。
 ずいぶんと考えることが下手くそになっていた。これはちょっと練習する必要がある。
 僕は外ではなく己の内に、もう一度何かを見出したくなったのだ。自意識だとか心象風景だとか言われる何かにもう一度飛び込んでみたくなったのだ。
 かつて僕は大きな力を信じていた。迷いの中を彷徨う自分に訪れる不思議な出会い、必然で起こる偶然、そういったものを信じていた。いま思えば、それは偶然を必然だと思い込み進むことで運命へと変えていただけなのかもしれない。それは本当に運命だったのか? その疑問の正解を知るものはこの世には存在しない。しかし、その質問に答える権利を有するものは一人だけいる。それは僕だ。僕だけが答えられる。それはとても虚しいことではあるけど現実だ。
 僕は物語が好きだ。だから僕の人生も物語であるべきだ。しかし、世には面白い物語もあればつまらない物語もある。ドラマチックな冒険譚もあれば、ただただ平凡な日常が続くだけの物語もある。
 30年間を振り返ってみる。悪くはないが良くもない。現時点では60点と言ったところだろうか。
 これからどうすれば僕は楽しい物語を獲得できるだろう? そう簡単に答えは見つからないし、ほとんどの事象において明確な答えなんてものが無いことだって僕はとっくに気がついている。
 強烈な思い込みが必要なのだ。しかし、もはやそれだけ強い意志の力がいまの僕に持てるだろうか?分からない。
 僕はブレンドの珈琲を追加で注文する。ここは二杯目に250円でブレンドのコーヒーが飲めるのだ。僕の好みとは外れた、ちょっと苦味が強い珈琲を口に運びつつ思考を続ける。
 この場所では優しく穏やかな時間が流れている。だからだろうか? 席を立ちトイレへと向かう僕の歩調は普段とは打って変わってゆるやかだ。本を鞄へと仕舞う時も、カップを口元に運ぶ時も、僕の動作はのんびりと静かで、まるでじっくりと体を動かすことを楽しんでるようだ。
 目に映る風景、耳に入る音、香りや温度、そういったものが、僕の速度を心の形を支配しているのかもしれない。そして、この場所は居心地がいいかと言うと、決してそんなことはないのだけれど「悪くはないな」と僕は思ったのだった。穏やかな時間というものに上手く付き合えるようになればきっと心の形は丸くなり、僕の流れる時間は穏やかなものになる。
 それは正しいことだとはやっぱり言えないけれど、間違っていることでもないのだ。それを正しかったと数年後に証明できるか? と言われれば、それさえも疑問だ。ただ、いまよりも優しくなれる気がする。
 僕は席を立ち、会計を済ます。「ありがとうございました」と言うウエイターは、案の定、心の込め方のバランスが抜群だった。すごく感謝している様子もないけれど、業務的では決してなかった。珈琲2杯で900円。このうち、穏やかな時間を享受するために払った金額はいくらなのだろう?
 僕は彼に習うべく、ちょうどいいバランスを心がけて「ごちそうさまでした」と告げるとお店をあとにした。
 結局最後まで、指先は冷たいままだった。

スポンサーサイト

PageTop

クラスメイト5

 「衿沢さんおはよー」
 体全体を使い、元気に手を振る秋ちゃんに、衿沢さんはあくまで上品に小さく手を振り返した。真っ赤なマフラー、ネイビーで細めのロングコート、カーキのスキニーパンツに赤いブーツ。どれも一目見て高級なものだと分かる。衿沢さんはお嬢様なのだ。背筋を伸ばし、雪道を悠然と歩くその姿はちょっと雰囲気があり過ぎて逆に笑ってしまいそうになる。
 「おはよう。秋さん、由美さん。まさか雪が降り積もった早朝、こんな場所で知り合いに会うとは思わなかったわ」
 「私も驚きだよ。衿沢さんの家ってこのあたりじゃないよね?」
 そう。秋ちゃんの言うとおり、衿沢さんの家は確か井の頭線の下北沢とかあっちの方だったはずだ。
 「昨日は従姉妹の家に遊びに行って、そのまま泊まったのよ。凄い雪で、ダイヤも乱れていたしね」
 「従姉妹の家はこのあたりなんだ」
 「そう。このすぐ近く。なんだか早く目が覚めちゃってね。従姉妹を起こすのも悪いし散歩でもしようかと思って。私、雪が好きなのよ」
 大人びた印象の衿沢さんが雪が好きというのは意外な気がしたけど、ある意味ではすごく似合いそうな気もした。衿沢さんには風情があるのだ。
 「それで二人は犬の散歩? 毎朝の日課なの?」
 「わたしも早く目が覚めちゃって、散歩してたら偶然秋ちゃんと出会ったんだよ」
 「私は日課だよ。毎朝コロを連れて散歩してます」
 衿沢さんはしゃがみ込み、コロに目線を合わせると頭を優しくなでた。
 「コロちゃんて言うのか。小さくて可愛いわね」
 衿沢さんの上品な微笑み方は、大人っぽくてずるい。たまに同い年とは思えない時がある。
 「墓地って歩いているとすごく落ち着くのよね」
 立ち上がると唐突に話題を振る衿沢さん。しかし、意外な意見だ。日が昇る前の薄暗い墓地はやっぱり不気味だしちょっと怖い。
 「へー。なんでなんで?」
 秋ちゃんは興味津々と言った表情で説明を求める。わたしもどんな理由か気になる。
 「死者が眠る場所というのは、ネガティブなイメージも湧きやすいけれど、私達の生きる今を、私達の日常の礎を作った人たちが眠る場所と考えると違ったイメージが湧いてこない?」
 「うん。なるほど。確かにそういう風にも言えるよね」
 秋ちゃんが相槌を打つ。
 「お墓で眠るのは私達の先祖たち。かつて、同じようにこの地で暮らしていた人たちじゃない。そして、彼らの先に私達は立ってる。見えないけど絆みたいなものがあるような気がするのよ。だからきっと恐れる必要なんてないのよ。彼らの多くは私達を優しく見守ってくれているはずよ」
 「それは素敵な考えだなぁ。そもそも死者が眠る場所を怖がるなんて失礼だもんね。理由もなく彼らが私達に何かをしてくるなんて、そんなことあり得ないもんね。漠然としたイメージだけで怖がるのは良くないよね」
 秋ちゃんはぐるっと辺りを見回すと続けて呟く。
 「墓地は優しい場所だったんだねぇ」
 「そう。だからすごく落ち着くのよ」
 自分の考えが伝わって衿沢さんも嬉しそうだ。
 わたしも改めて墓地を見渡してみる。薄暗く多少怖くはあるけれど、暗闇の中に何かが潜んでいるような恐怖感はもはや感じなくなっていた。
 「それじゃあ、秋ちゃんのお父さんに会いに行こうか」
 「そうだね。雪に埋もれているであろうお父さんを助けに行こう」
 衿沢さんが少し間をおいたあとで口にする。
 「秋さんのお父さんのお墓参りに来たのね」
 「うん。実は私のお父さん、半年前に死んじゃったんだ」
 それを聞くと衿沢さんは一言「そう」とだけ呟いた。素っ気なくもなく、感じ入ったようでもなく、ただ、純然と事実を事実として確認しただけのような、そんな返事だった。
 「では秋さん由美さんまた学校で会いましょう」
 衿沢さんは別れの言葉もそこそこに、雪道の向こうへ消えていった。
 


 コロはお父さんのお墓の場所をしっかりと覚えているらしく、元気よくわたしたちを先導してくれた。雪をかき分けながらわたしたちは必死にコロを追いかける。
 「わたしちょっと衿沢さんって苦手なんだよね」
 「えっ?どうして?」
 わたしの突然の告白に驚く秋ちゃん。
 「苦手なだけで嫌いな分けじゃないよ。ただ、敵わないなって思うんだよね」
 「確かに衿沢さんは私達よりほんの少し上にいる気がする」
 「うん。上なんだけど大人ってのもなんか違くて、ただ、わたしたちには見えていないものが衿沢さんには見えているような気がする」
 「いつか由美も追いつけるといいね」
 「わたしは追いつきたいのかな? 違うような気もするけど…。いや認めたくないだけか」
 「由美ちゃんは由美ちゃんで見えているものがあるから大丈夫だよ」
 「だといいんだけどね」
 わたしは大人びたふりをしているだけの子供だ。実は秋ちゃんの方がずっと大人なのだ。
 


 「ここがお父さんのお墓です」
 霊園のちょうど真ん中の辺り、ほどほどの大きさのお墓が密集している所に西野井(いりのい)家の墓があった。
 「お父さん。今日は由美が来てくれたよ。死んじゃったこと、伝えるのが遅くなっちゃってごめんね」
 秋ちゃんは墓石の上に乗った雪を手袋を付けた手で払いながらお父さんに話しかけた。
 「お久しぶりです」
 頭を下げ一言だけ挨拶をして目をつぶりお祈りをした。
 目を開けると秋ちゃんも同じように手を合わせ祈っている。そっと閉じられた目、両端がちょっとだけ釣り上がった口元、優しくて可愛いその表情はすごく印象的で、わたしの瞼にはっきりと焼き付いた。
 「由美、来てくれてありがとうね」
 「いえいえ。お礼なんていらないよ。わたしが来たかったから来ただけ」
 「それなら良かった」
 東の空が赤く染まり始めた。そろそろ夜明けだ。紫の空に赤い太陽。木々に積もった雪が、オレンジ色に反射する。朝焼けに染まる墓地の風景はとても綺麗で、いつまでも眺めていたいそんな気にさせられた。そんな風に感じたのは衿沢さんの話を聞いた後だからだろうか。捉え方一つ心の持ちよう一つで、世界は瞬時に色を変える。心が豊かになれば世界は鮮やかな彩りへと変化するのかもしれない。そんなことをわたしは、思ったのだった。
 「それじゃあ帰ろうかな。由美はどうするの?」
 「わたしはもうちょっとぶらぶらしてみるよ」
 「了解。じゃあまた学校でね」
 「うん。学校で会おう。またね」
 秋ちゃんと別れたわたしは、朝焼けの空を楽しみながら再び宛もなく雪道を歩き始めたのだった。

続く

PageTop

クラスメイト3

 都心から電車で一本。二十分ほど下った所にわたしの町はある。治安が良いことだけが取り柄のなんてことない町だ。駅を降りると最近開発され無駄に広くなったロータリーと、侘びしさを感じない程度の規模の商店街がある。ゆるい坂道を5分も歩けば直ぐに住宅街が顔を出す。古い家と新しい家が混ざり合い、計画性とは無縁の入り組んだ道。宛もなく裏路地を歩いているとすぐに行き止まりにたどり着く。
 かつて受験勉強からの逃避としての散歩をくり返していたわたしたちは、勝手知ったるもので人気のない裏道をすいすいと抜けていく。雪が高く降り積もった小さな神社の境内を横切り、瓦屋根に挟まれた細い路地を通り抜ける。国道は溶けた水でびしょびしょ。足元を汚さぬように、慎重かつ大胆に、ぴょこぴょことジャンプしながら信号を渡る。コロは短い手足を小刻みに動かし雪道を弾むように進んでいく。鼻の頭に付いた雪をフルフルと首を振って振り落とす様が可愛くて、思わず微笑んでしまう。
 「あっ! 見て由美、信号機から氷柱が下がってるよ」
 見上げると確かに信号機から小指ほどの長さの短い氷柱が4本生えている。
 「ほんとだ。東京で見たのは初めてだ」
 「小さくて可愛いね」
 「可愛い… かな? なんかすごく弱そう」
 北国で見る大きい氷柱に比べて、東京の氷柱は触れたらすぐに取れてしまいそうで心もとない。
 「テレビとかで見る雪国の氷柱ってすごく鋭くて怖いじゃない。こっちの方が私は好きだなぁ」
 「わたしは武器に出来そうなほど強そうな氷柱が好きだ」
 「由美は氷柱に男らしさを求めているんだね」
 「いや、そういう分けではないんだけどね。… でもさ。長い氷柱が綺麗に並んでいるとさ、雪国って感じがするじゃない。そこに光が当たるとちょっと幻想的だし」
 あまり認めたくはないのだけれど、わたしはロマンチックなものが好きなのだ。なんで認めたくないのかと言うと似合わないし恥ずかしいからだ。わたしの中のロマンスを求める部分は、私の中のわたし姿をチグハグにしてしまう。
 そんな自意識にまみれたわたしの思考を打ち破ったのは、何故か雪道の中をランニングしながら向かってくるクラスメイトの宇田川くんだった。
 「おっ!西野井(いりのい)さんと榎本さんじゃない。おはよう」
 「おはよー」
 「おはよう宇田川くん」
 元気に挨拶を返す秋ちゃんにわたしも続く。そして、濡れている宇田川くんのジャージと靴を指さした。
 「それ、完全に中まで水染みこんでるよね?」
 「うん。もうビショビショで最悪だよ」
 渋面を作り、パタパタとジャージの裾をはたきながら惨状を訴える宇田川くん。 
 「… なんでこんな日にランニングしてるの?」
 「日課だから。朝練がない日は毎日ランニングしろとキャプテンに言われてる」
 なるほど。宇田川くんはサッカー部だ。わたしたちの高校は公立の割にサッカー部が強い。何年か前には全国大会にも出場していたはずだ。なのでそれなりに練習は厳しいとは思うのだが、まさか、雪の日に課せられたランニングを休んだだけで怒られたりはしないはずだ。
 「いや、多分、サッカー部の中で今日ランニングしているの宇田川くんだけだと思うよ」
 「…そうかもしれない。でも日課だからな」
 「宇田川くんは偉いねぇ。わたしなら絶対さぼるけどなぁ」
 秋ちゃんがしきりに感心している。いや、この場合はランニングしなくても絶対さぼりにはならないだろ。
 「確かに、走らなくても怒られはしないと思う。でもなんとなくそういうのは嫌なんだよ。雪が積もっていたって絶対に走れないって分けじゃないだろ?走りにくいだけだ。だったら俺は走る」
 「いや、走りにくいってレベル超えてるよ」
 「いいんだよ。俺が好きでやっているんだからさ。それより二人は犬の散歩?それこそ、こんな日に散歩している犬なんてあまりいないと思うぞ」
 わたしのツッコミに対して一切屈しない宇田川くん。彼には彼の筋の通し方があるのだろう。
 「あはは。それもそうだねぇ。わたしたちも人のこと言えないじゃない。でもコロは雪が好きだからなぁ」
 秋ちゃんは笑いながらコロの頭を撫でる。
 「名前コロっていうのか。撫でてもいい?」
 「うん。いいよいいよ。基本無警戒でお気楽な子だから誰に撫でられても喜ぶよ」
 「よし!」
 何故か一度気合を入れてからコロに近寄る宇田川くん。コロはつぶらな瞳で宇田川くんを見上げる。宇田川くんはそっと手を伸ばし頭を撫でる。
 「おっ!しっぽを振ってるぞ。嬉しいのかな?」
 「そうです。コロは喜んでいます」
 愛犬が可愛がられてごきげんな秋ちゃん。コロはあまり頭は良くないけれど、人懐っこいので誰にでも愛される。
 「俺、動物って飼ったことないんだけどさ。やっぱり可愛いね」
 コロと通じ合った宇田川くんはとても嬉しそうだ。
 「よし。なんか俺やる気出てきたよ。実は雪道が辛くていつもよりもコースを短縮しようかどうか悩んでいたんだけど、今日もちゃんと10km走ることにするよ」
 「大丈夫? 無理して転んだりしたら大変だよ」
 秋ちゃんは心配そうだ。確かに、こんな雪道を走るのは危険だ。転んで打ちどころが悪ければ怪我をしてしまう可能性もある。
 「いや、実はもう3回ほど転んでいる…」
 「一体何が宇田川くんをそこまで駆り立てるの…?」
 もはやわたしはちょっと混乱してきた。
 「俺って別に真面目って分けじゃないと思うんだよ。一度始めたことは最後までやり遂げなくちゃとか、与えられた課題はしっかりこなさなくちゃとか、そういうことじゃなくて、習慣を変えるのが怖いだけなんだよ。サッカーだって『やってみるか?』って親に聞かれて何気なく始めて、そのまま何気なくずっと続けてる。だから信念なんてのはないんだ。ただずっと続けていることをやめるってのが俺は怖いんだよ」
 宇田川くんの言うことは少し分かるような気がした。長い時間をかけて積み重ねてきたものでも、失うのはきっと一瞬で、そして、多くのものは一度失ったら簡単には取り戻すことは出来ないのだろう。わたしが失いたくないものはなんだろう? それ以前にわたしが積み重ねてきたものはなんだろう? 気ままにやりたいことをやりたいだけやって生きてきたわたしには宇田川くんのように積み重ねてきた特別な何かは何一つなくて、それを少し寂しく思った。
 「宇田川くんはいまの自分を失いたくないんだね」
 「… そうか。確かにそうかもしれないな。上手く言えないけど、自分が変わるのは怖くて、自分が好きってわけでは決してないんだけれど、でも、いまのままでいたいって思ってるんだろうな」
 わたしの言葉を少し吟味したあと、宇田川くんは答えた。
 「宇田川くんは真面目なんじゃなくて臆病者なんだよ」
 秋ちゃんのその一言にちょっと驚いてる宇田川くん。そんなことを言われたらいい気はしないだろうけど、宇田川くんは苦笑して秋ちゃんの言葉を飲み込んだ。
 「確かに、俺は臆病者だ。変化が怖いんだな」
 「でもそれだけ持っているものがあるってことだよ。何も持っていなかったら、変わっても別に平気じゃない? 変わりたくないってことは手放したくないものがあるんだよ」
 なるほど、秋ちゃんの言うことはもっともだ。面白い、宇田川くんは狐に化かされたような顔をしてる。
 「多分だけど」と前置きして秋ちゃんは続ける。
 「何気なく始めたことだらけの宇田川くんだけど、何気なくいまの自分が気に入っちゃってるんだよ」
 宇田川くんは受け取った言葉を噛みしめるように難しい顔をした後、何やら納得がいったようで一度頷いたあとで口を開いた。
 「そうだな。俺はサッカーもそうだし、毎日、ランニングを続ける自分のことも、ランニングそのものも、割りと好きなのかもしれないな」
 「好きでもないのにこの雪道を走ろうというのなら宇田川くんは完全にドMだね」
 「それもそうだな」
 わたしの軽口に笑顔で答える宇田川くん。手にしたものの大切さは失うまで分からないとは言うけれど、失ってしまってから気がついてもそれにどれだけの意味があるのだろう。わたしたちは日々、自分の手元を見つめ、手にしたものを確認し続けなればならないのかもしれない。そんなことをわたしは、思ったのだった。
 「なんか結構話し込んじゃったな。そろそろ行くよ。ちょっとペース上げないとな。学校に間に合わなくなってしまう」
 「本当に怪我だけはしないようにね」 
 「また学校でね」
 「おう。なんかすっきりしたよ。ありがとう。じゃあなー」
 秋ちゃんとわたしは手を振り宇田川くんを見送った。
 「宇田川くんは鈍いのかな?」
 無意識にわたしはそんな疑問を呟いていてた。
 「本当に鈍かったら、今頃、ランニングどころかサッカーもやめていると思うよ」
 「変わりたくはないって思ってはいたんだもんね」
 「うん。漠然とだけど、気がついてはいたんだよきっと」
 そんな漠然としたものを探り当ててしまう秋ちゃんは、ちょっと尖すぎるのかもしれない。
 「しかし、今日は色んな人と出会うな。朝、相沢くんとも出会ったんだよ。新聞配達してた」
 「へぇー。相沢くんとも出会ったんだ。なんかわたし、今日は由美は色んな人と出会うような気がする」
 「秋ちゃんの感は当たるからね。覚悟しておく」
 「別に知り合いに出会ったからって何か不都合があるわけじゃないでしょ」
 「それはそうだけどね。さすがにこれ以上出会ったら驚くよ」
 本日出会ったクラスメイトは宇田川くんで三人目。なんとも不思議な朝だ。
 そんな話をしているうちに、わたしたちは多磨霊園へとたどり着いた。広い敷地は見渡すかぎりの白。雪かきはまだ行われていないようで、この中で秋ちゃんの家のお墓まで辿り着くのは大変そうだ。
 「あれ?もしかして、あそこにいるの衿沢さんじゃない?」
 「えっ? 本当? 秋ちゃんの感は本当に当たるから怖い」
 わたしたちの進む先、墓地の奥の方から、のんびりと、一人の女性がこちらに向かって歩いてくる。特徴的なストレートで綺麗な長い髪、すらっとした体つきはどうやら本当に衿沢さんのようだ。

続く

PageTop

74の217

74の君に これから
7・4の歌を 贈るよ

悲しい夜を 越えてく
楽しい歌を 贈るよ


未知草 気ままで113
知らない ままで11の3

可愛い 泣きそうな声
やさしい 色で描く絵

それだけあれば 74の君は
72だってすぐに 伝えられるよ

大好きな歌 大切な人
描けるよほら 手を出してみて

歌えるよほら 叶えるよ今
8に繋がる ∞に変わるよ


素敵なリズム 7・4で
描く未来は 無敵だ

217の日から 始まる
74の日々が 始まる

PageTop

クラスメイト2

 相沢くんを見送ったわたしは宛もなく街を歩き出すことにした。前傾姿勢を意識しつつ白い足あとを刻んでいく。どうせ倒れるのなら前のめりがいい。静けさなの中で、雪を踏みしめる音だけが鳴り続ける。なんだか悔しいけれど白く染まる街は幻想的で、見慣れたはずの街角が遠い異国のように思えてくる。
 幼いころに慣れ親しんだ芝生が広がるだけの大きな公園は、一面が真っ白で思わず心が湧き踊る。
 自分以外に誰も居ない。人目を気にする必要はない。
 わたしは両手を水平に伸ばし、「キーーーン」と叫びながら公園を走り回った。ズボッズボッっと籠もった音を立てながら、右に左に蛇行しつつふらふらと飛び回る。バターンと背中から倒れこむ。ふわっと雪が受け止める。なるほど・・・ これは気持ちいい。雪は最高だ。
 「ワンワン!」
 静けさを打ち破る元気な犬の鳴き声。見知った茶色い小さな塊が満面の笑顔でわたしの胸に飛び込んで来た。容赦なくわたしの顔をぺろぺろとなめてくる。
 「わっ! コロ! コロじゃない!」
 わたしは上半身を起こすと、小さなコロの体を抱き上げ、頭を撫でてあげた。
 「なんだぁ生きてるし由美だったのかぁ」
 クラスメイトでもあり、幼なじみでもあるところの秋ちゃんは、今日もトレードマークの二つ結びの髪の毛をゆらゆらと揺らしながら歩み寄ってくる。わたしはコロを地上へと返し、起き上がるとパッパッと体に付いた雪を払った。
 「秋ちゃんおはよう」
 「おはよう由美。なんか黒い塊が蹲っているからさぁ。こりゃ死体かな? 事件かな? って思っちゃったよぉ」
 「コロはすぐにわたしだって気がついたみたいだけどね」
 わざとちょっと恨みがましい目で秋ちゃんを見つめてみた。
 「いやいや。まあ無事で何よりですよ」
 真っ赤なコートが似合っているような似合っていなような微妙な感じの秋ちゃんは今日も独特のペースを崩さない。赤と黒を行ったり来たり、足元にじゃれついてコロはたいそう楽しそうで、犬はいつだって少年のように無邪気で、雪のように白い心を持っている。
 「中学の時はよくこの公園にコロを連れて遊びに来たよねぇ。あの頃は楽しかったなぁ」
 45年ぶりの雪に侵食され変わり果ててしまった公園の姿をまるで嘆くかのように由美はしみじみと呟いた。
 「今は楽しくないの?」
 「ううん。楽しい。あの頃はあの頃で楽しかったし。いまはいまで楽しい」
 迷うこと無く断言する秋ちゃんの横顔はちょっとかっこいい。
 「なら、『あの頃も楽しかったね』が正解だ」
 「だねぇ。いつまでも楽しいが続けばいいねぇ」
 秋ちゃんは性格はハキハキしているのに、何処か間延びした奇妙な話し方をする。幼いような、老人臭いような、やっぱり秋ちゃんは微妙な感じだ。
 「秋ちゃんは受験勉強に飽きてくると取り敢えずわたしにメール送ってきてたよね」
 「うん。由美にはついつい甘えてしまうんだよなぁ」
 「いまだから真実を明かすけど、わたしはルールを決めて返信をしていたんだよ。テキストを1ページ進めるごとに返事を書くと。だらだらやっていると秋ちゃんへの返信が遅れてしまうので必死にテキストを進める。そして、メールを送ったら返事が返ってくるまでは一休み」
 「え! それであのペースで返信してきてたの? ちょっと遅いなとは思っていたけど長く待たされた記憶が無いよ!」
 秋ちゃんは心底驚いたようで、一歩後ろに後ずさった。やけに芝居がかった仕草が面白いけどちょっとダサい。
 「頑張ったんだよわたしは。友人を待たせたくない一心で必死に勉強したんだ」
 「それで大抵、由美がコロの散歩に行こうって言い出すんだよね」
 「うん。10回ほどやりとりする頃には大抵疲れ果てていたからね・・・」
 「それが真実かぁ」
 すっきりした表情で空を仰ぐ秋ちゃん。いちいちリアクションがでかいところが彼女の魅力であり微妙なところでもある。
 「でも、同じ高校に行けてよかったね!」
 秋ちゃんは笑顔もやっぱり大きくて、それは文句の付け所がなく魅力的だから、ちょっと悔しくてついつい茶化してしまう。
 「まさかまた同じクラスになるとは思っていなかったけどね」
 わざと不満そうな顔を作り誤魔化すと秋ちゃんはへこたれず笑顔で切り返す。
 「わたしは絶対同じクラスになると思っていたよ」
 「なんで?」
 「なんでだろ? なんとなくかな」
 なんとなくの予感を、確信として生きる。秋ちゃんは完全にスピリチュアルな世界観で生きているし、将来が不安だけど、どう転んでも楽しい人生になりそうなところが凄い。
 「そういえば、秋ちゃんって毎朝犬の散歩してたっけ?」
 「ううん。してなかったよ。お父さんが生きていた頃は、お父さんの日課だったからね」
 「へっ! 秋ちゃんのお父さん死んじゃったの?」
 「そうなんだよぉ。なんかホームから落ちそうになった男の子を助けようとして、勢い余って、躓いて転んで、その時に頭の打ちどころが悪かったみたいでさぁ。なんか死んじゃったんだよねぇ」
 「それでその男の子は助かったの?」
 「うん。なんかその場に居合わせた大学生が、ホームから降りて、落ちた子供を拾い上げて助けたらしいよ。お父さんは助からなかったけど」
 「そうか。お父さんは助からなかったのか・・・」
 「すごく格好悪いからこの話もしたくなくて、だから黙っていたんだよね。ごめんね」
 申し訳無さそうに頭を下げる秋ちゃんは、不始末をやらかした子供の保護者のようで、なんだかちょっといたたまれない。
 「そうかぁ。そんなことがあったのかぁ。出来ればもっと早く話して欲しかったけど・・・。秋ちゃんのお父さんにはお世話になったし」
 死に方にらしさも何もないかもしれないけど、なんだか秋ちゃんのお父さんらしい最後だなとわたしは思った。子供が好きな人だったというよりも子供だった。一時期、わたしたちの中でバトミントンが流行り、ここに集まってみんなで対戦していた。しかし、一番本気だったのは何故か子どもたちに混ざって遊んでいた秋ちゃんのお父さんだったし、一番の負けず嫌いも秋ちゃんのお父さんだった。ちなみに一番下手くそだったのも秋ちゃんのお父さんだった。
 「これは笑い話です!」
 俯き思い出に浸るわたしの両肩に勢い良く両手を載せると、秋ちゃんは真正面からわたしの目を見て断言した。
 「なので笑ってください!」 
 いや、笑えと言われも困ります。でも秋ちゃんがそれを望むのなら、友人としてわたしは努力せねばなるまい。
 「ははは」
 わたしの乾いた笑いと共に白い息が宙を漂いすぐに消えた。なんとも言えない沈黙が降りてくる。秋ちゃんは絞りだすように語りだす。
 「お父さんが死んでしまったことは悲しいけれど、それを笑顔で話せるってことは素敵なことだと思う。悲しいよりも楽しいの方が絶対いいし、だからお父さんの死を楽しいことだと思ってほしい」
 「いや、人様の死を楽しむってのは無理があると思うけど・・・」
 「そこをどうにか! お願い!」
 両手を合わせて頭まで下げられたらもう降参するしか無い。
 「分かりました・・・。はっはっはっ! 秋ちゃんのお父さんの死に方、面白すぎる!」
 「でしょ! わたしのお父さん最高でしょ!」
 「うん! 秋ちゃんのお父さんは最高だ!」
 気がついたら二人で大声で叫んでいた。悲しいのに泣きそうなのに何故かすっきりしていて不思議な気分だった。笑うということがこんなにも気持ちの良いものだとはわたしは知らなかった。秋ちゃんのお父さんは死んでしまったけれどわたしたちは生きている。生きているのなら笑顔で、笑って生きていきたい。そんなことをわたしは思ったのだった。
 「今度、一緒にお墓参りに行っても良い?」
 「うん。もちろんいいよ! お父さんも喜ぶよ! むしろ今から行こう!」
 えっ! いまから? 秋ちゃんは思い立ったらすぐ行動だ。でも、秋ちゃんのリズムに付いて行くということがわたしの中ではとても大切なことなのだ。
 「了解。じゃあ今から行こうか。場所は多磨霊園かな?」
 このあたりでお墓といえば多磨霊園のことだし、わたしの祖父もそこで眠っている。
 「うん。実は、コロの散歩ルートに多磨霊園は入っているの」
 なるほど。毎朝、秋ちゃんとコロはお父さんのお墓参りをしているのか。ちょっとグッと来て目頭が熱くなってしまった。
 「んじゃあ早速向かおうか」
 零れ落ちそうになる涙を誤魔化すように、わたしは先陣を切って歩き出した。

続く

PageTop

クラスメイト1

 偶然に偶然が重なり続ければ、それはもはや運命とか必然とかそういった類のもので、何かしらの意味をそこに探してしまう。
 一つ目の偶然は45年振りの大雪。交通機関は麻痺し、都会で暮らす人々は、慣れない雪道に四苦八苦した。わたしは高校が休校になったのをこれ幸いと、こたつの中でぬくぬくとみかんの皮を剥き続けた。気まぐれにテレビのチャンネルを回し、雑誌のページをめくり、母の世間話に適当な相槌を打つ。世間の混乱ぶりとは無縁に我が家の一日は過ぎていく。学校から帰宅した弟は、自分の中学が休校にならなかったことがたいそう不満らしく、こたつで丸くなるわたしに嫌味を1つ投げて、同じようにみかんの皮を剥き始めた。やがて父が帰宅し、家族揃って夕飯を食べ、家族揃ってみかんの皮を剥いた。
 

 違和感の中で目が覚める。どうやらこたつの中で眠ってしまったようだ。時刻は朝の4時半。寝起きは悪いはずなのに、意識は何故かすっきりしていた。窓の外は白。止んではいるけど、降り積もった雪はまだこの街に居座っている。悪くない朝だと思う。
 家族を起こさぬようそっと身支度をする。刺すような冬の空気が、なんだかちょっと心地よい。
 クリスマスに父に買ってもらったダッフルコートは、気に入ってはいたのだけれど、毎日毎日着ていればそれは飽きるし、かっこ良く思えた上品な黒も、なんだか地味で物足りなく思えてくる。冬は寒いことが罪なのではない、長いことが罪なのだ。
 玄関の外は見知らぬ世界。毎年赤く染まる軒先の紅葉も、雪化粧のせいでなんだか他人のようだ。
 不意に静かな住宅街に甲高い自転車のブレーキ音が響く。我が家のポストの前に見知った顔。
 「あれ?  相沢くん? 」
 「どうもどうも新聞配達員の相沢です」
 クラスで一番陽気な相沢くんが、陽気に新聞をポストに投函していた。
 「そうかそうか、やっぱりこの榎本家、榎本の家だったか」
 「うん。そう。なんだかんだ言って、やっぱりここがわたしのお家です」
 満足気に相沢くんは頷き、うんうんと一人納得していた。
 「新聞配達員だったんだね」
 「そうなんだよ。早起きだけは得意だし、苦学生っぽくてかっこいいかなって思って」
 「いや、正直かっこいいとは思わないけど」
 えっ! と驚きを隠せずにいる相沢くん。
 「いや、でも似合ってるよ。さっとポストに新聞を入れる姿も様になってるし」
 「だろ? 俺もこの業界向いていると思うんだよね」
 新聞配達に業界もクソもないと思うけど、本人は楽しそうなので問題ないだろう。
 「いつか海外に渡って、自分の才能を試したいんだ。向こうは投げて玄関とか窓に放り込むじゃない。あれかっこいい。憧れる」
 「確かにちょっとかっこいいね。でもそのためだけに海外に行くの?」
 「そうだな。それ以外はまったく海外に興味ないからな」
 陽気な佐々木くんの夢は、やっぱり陽気で、それはとても素晴らしいことなのだとわたしは思ったのだった。
 「それじゃあ。俺はそろそろ行くよ。まだたくさんの配られるべき新聞達があるんだ」
 何故か英文の直訳みたいなセリフを残して、彼は雪道を走り去っていった。
 
続く

PageTop

twitterのアカウントについて

 思うところがあって今年の初め頃にtwitterのアカウントを削除いたしました。
 特にトラブルがあったとかそういうことではありません。
 僕はインターネットの使い方が下手くそだなぁと常々思っていて、タイムラインに流れてくる情報を処理しきれないし、自分がどのような情報をtwitterで発するべきなのかの取捨選択も下手くそなので、ブログで気持ちを落ち着けてぽちぽち文章を綴るのが性に合ってるように思えます。
 
 ツマーくんと一緒にニコニコ動画で曲を投稿し始めるのと同時にアカウントを作り、2年以上使っていましたが色々な人とやりとりさせて頂きました。僕達の曲を聞いてフォローしてくれた人たちには若い人が多くて、彼らのtweetを見ているとなんだか僕まで若返ったようなそんな錯覚を覚えました。
 まっすぐに今を生きる少年少女達に僕の言葉が確かに届いている。その事実がずっと僕を支えてくれました。
 
 でも僕の存在なんてのは結局の所どうでもいいんです。
 ただ、僕の作り出した物語と言葉が届いていればそれでいいんです。
 
 僕は綺麗事が好きで、綺麗な物語が好きだけど、僕自身は決して綺麗な人間ではない。
 僕はここで文章を、そして、ニコニコ動画で歌詞を綴ります。
 出来る限り綺麗なものを、リアルさの欠片もない絵空事を、世界が変わると信じて綴り続けます。

PageTop

長い冬の間

 僕が冬が苦手なのは、寒いからでも、雲が淀んでいるからでもなく、凍結し停滞した時間が続くからなのだろう。
 四季の変化は焦燥感とリズムを僕に与えてくれるのだけれど、冬はどうにも長すぎて、心の奥底に澱が溜まり色彩が鈍り、徐々に感情が死んでしまう。
 
 風にも空にも春の気配はまだ感じられないけど、時はきっと前に進んでいて、土の下で春は密かに準備を始めているに違いない。やがて必ず訪れるであろう、次の季節を心待ちに、僕は重くなった体を必死に動かしてる。

 最近の僕はなんだか全てがちぐはぐで、完成したはずのパズルがいつの間にかバラバラに散らばってしまい、どうやらもう元に戻せなくなってしまったようだ。いくつかのピースはどこかへ失くしてしまったし、新しいピースは何処にはめ込めばいいのか分からない。
 
 新しい友人、新しい音楽、新しい本。きっとそういうものが必要なんだと思う。朧気に見えてきた完成図から想像するにまだ足りないものがいくつかある。
 
 不意に投げかけられた「君の書く歌詞の主人公はあなた自身だ」という友人の言葉がやけに引っかかる。
 なるほど、改めて自分の書いた歌詞を読み返すに、僕の創りだした女の子たちは確かに僕自身だ。
 彼女たちが泣いている時は僕も泣いているし、彼女たちが楽しそうな時は僕も楽しいのだ。
 
 そして、僕が変わってしまえば彼女たちも変わらずを得ない。
 明日も生きますか?と問われればやはり答えはYes。
 まだまだ面白いことは起こるはず。 

PageTop