chip of wood

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needle

 最近、英語の歌の中にある「needle」という言葉がよく目につくのだけど、それは日本語にすると「棘」という意味で、その「棘」という言葉が出てくる日本語の歌ってあったかなって考えたら思いつかなかった。
 「棘」というものは日常の中に多く転がっており、大なり小なりチクリと刺さり時に出血を伴う。歩けば歩くだけ棘が刺さるし、何かに触れるとそこには必ずと言っていいほど棘がある。なんでこんなにも棘が多く転がっているのだろう?
 日常の中で刺さり続けた棘たちは、いつしか僕らを蝕み傷だらけにする。歳を重ねた人たちはきっともうボロボロだ。
 なら、何故、それでも歩くのか、触れるのか。生きていられるのか。
 最近の僕は、なんでみんなちゃんと生きているんだろう?と当たり前のことに疑問を抱き始めている。
 「何か」あるんだろうな。簡単には口にできない「何か」が。それを言葉にするのは、小説家や音楽家などのごく一部だから。みんなが口にしてくれないとそれがなんだか日常には存在しないように僕には思えてしまう。
 それとも、実際にないんですかその「何か」は。ごくごく平凡ななんてことない、特筆すべきことは何もなく、観客を集められないような筋書きで、誰も踊れないようなリズムで進む、そこら中に転がっている日常の中にはその「何か」はないのですか?

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僕は歌っていた

 不意に思い出した。中学のころ。僕は友人と歌っていたんだ。休み時間に教室で、ビートルズを二人でハモりながら歌っていたんだ。そして、彼がベースを弾き、僕はギターを弾き、一緒に歌っていた。そういえば、クラスメイトが先生に怒られて「おい!◯○あとで職員室に来い!」と言われたその時、僕は友人と「ソーレソレソレ呼び出しだー」と北島三郎の「祭り」を熱唱し、そして、俺達も呼び出された。

 そうだ。はじめから僕はやれたんだ。できなくなっていただけだ。そして、いまならもっとうまく歌える。そして、もしかしたらもっと楽しめるかもしれない。


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歌わなければならぬ

 「音楽は好きですか?」と聞かれたら「そうでもない」と応えるだろう。
 「歌は好きですか?」と聞かれたら「歌うのは好きだ」と応えるだろう。
 感情を形にして人に伝えるのなら叫び声でもいいんだ。でも言葉があればより形が鮮明になるし、音があれば色が生まれるし、リズムがあれば加速する。
 
 仕事なんだから真面目にやれ。考えて働け。僕はバイトの身分だけど、職場でそう言われ続けてきたのを覚えている。
 人生なんだから楽しめ。人生なんだから喜べ。それらは感情なんだから感情を捨てるな。僕はそう言い続けた。
 
 生きるためにはお金が必要だ。でも生きているだけでは僕は嫌だ。笑いたい、叫びたい、泣きたい、怒りたい、はしゃぎたい。
 生きるために感情を殺すなんていやだ。
 
 僕は考える。仕事していない時に考える。考えていることの答えを出すために職場で色々なことを試す。僕だって本気だ。仕事中にふざけ、遊び、笑い、歌う。僕だって本気で生きてる。本気で考えてる。
 それを証明するためにはどうすればいいのか。
 
 もっともっと本気で歌うしか無いじゃないか。
 怒られても、首になっても、何かを失っても、それでも歌うことの方が大事だと、音楽が好きなわけじゃない、歌が好きなわけじゃない、ただ、僕は楽しいのが好きで、楽しいという感情が好きで、それにぴったりなのが歌うことなんだ。
 大声で、感情のすべてを載せて、俺は仕事中に歌ってやる。それができないなら僕は本気じゃないってことになる。
 仕事中に歌うことだけが、他人に対して僕は僕であることを証明する手段だ。
 

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少女と悪魔

嗚呼! 哀れ嘆け疎まれし娼婦の子
嗚呼! 誰も彼も愛してなどくれないさ

さぁ! 恨め憎め村人へ呪詛を撒け
さぁ! 夜がすべて隠しているその内に

紅い雫で描け 合わせ鏡に呼びかけろ   
ほらほら 呪え 闇夜にすべてを抛れ!

笑う悪魔に出会ったら 君の名前を付けてあげて
醒めぬ悪夢を願うなら 彼の瞼に口づけして

欲深く卑しい女 君の願いは紅い月
人々は皆 狂気の中で 愛しき者を喰いちぎる

もう 誰も君の名前を呼びはしない
もう 君は悪魔に名前をあげたから

悪魔が踊るよ らったったー 狂った笑顔で らんららん
まだまだ欲しい 真っ赤な瞳で歌う

神の名前を叫んでは 侮蔑と唾を吐きかけてく
紅い飛沫に塗れては 歓喜の笑みを浮かべている
醜くて穢れた悪魔 君は呪われ追われてく
血塗られた海 彷徨うだけさ 二度と誰かを愛せない


嘆く悪魔に出会ったら 君の名前を付けてあげて
罪をあなたが背負ったら 紅い闇から救えるから
やさしくて愚かな男 君の願いは愛すこと
狂気の中で一人残らず 愛しき人を喰いちぎる

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僕の歌

 人と関わりを持って、怯えて、迷って、迷って身動きが取れなくなって、考えて考えて最終的には自分がどんな人間でありたいかそれを思った時、救ってくれるのは自分の作った歌で。僕の作った歌は女の子たちが主人公だけど、それは理想の女の子で、それはまた、理想の自分でもある。
 
 でもその言葉と共にある音は僕ではない人から生まれている。理想の僕が発する言葉は誰かの音と共にある。僕の言葉が音とリズムを持ちスピーカーから僕の耳へと飛び込んでくる。体を揺さぶり、心を揺さぶり、そして、気がつけば僕の声帯が揺れ、僕の言葉が誰かの音とリズムを伴いながら空気を震わせる。
 それは僕の言葉だけど、僕だけの言葉じゃない。僕だけの言葉じゃない。僕だけの言葉じゃないんだ。
 

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言葉以外のコミュニケーション

 人と人のコミュニケーションは基本的に言葉を使った会話で行われるものですが、音楽をやっている人は音で、絵を描く人は絵で、踊る人は体の動きとリズムで会話が可能です。
 しかし、ほとんどの人は言葉でのコミュニケーション方法しか持ちません。僕自身もその一人です。僕は自分の言葉に対して言葉以外のものが返ってくることに何ものにも代えがたい感情が湧くのです。それこそ簡単には言葉に出来ない何かです。そういうコミュニケーションが日常の中で多くの人が気軽に行う世の中になってくれればと僕は願っています。
 なのでもし、このブログを読んでいて何か思い浮かんだ絵、音、ダンス、リズムがあったらプロフィール覧にございますメールアドレスへ送って頂けると助かります。ご本人の許可を頂けるのなら送って頂けたものはこのブログに載せさせていただきたいです。
 言葉を紡ぐのに対して絵を書いたり音やリズムを作ったり踊ったりするのは労力がかかるので、不躾なお願いになってしまいますが、お手すきの時に遊び感覚でむしろ、遊びそのもので送って頂けると嬉しいです。

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