chip of wood

冬が過ぎるということ

 僕にとって冬は辛い季節で、心も体も縮こまって、ただただ南から吹く風を待つだけの日々だけど、それは僕にとってそうであるだけで、誰にとってもそうかと言われればそんなことはない。
 冬を大切に思う人達だってたくさんいるのだ。
 冷たさの中の暖かさを愛しく思う人、刺すような冷たさに美しさを感じる人、雪に閉じ込められた部屋の中で小さな箱庭を作って遊ぶ人。
 
 春の気配をはっきりと感じてから改めて冬のうたを聴いてみたら、生まれて初めて冬が終わることを寂しく思ったんだ。いつもは春が来たらすぐに冬のことなんて忘れてしまうのに、今年は淡雪が降ったら素敵だな。なんて思ったんだ。




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音楽に関わる偶然の連続の話

 何故だろうか、就職活動に迷う友人に気が付くとメールで質問していた。
 「きれいなものが見れる仕事って何だと思う?」
 彼はすぐに返事をくれた。
 「行ったこと無いけれど結婚式じゃないですか?人生で唯一、無になれる場所な気がします」
 僕は即返事を返した。
 「それがお前に向いている仕事だ!」

 彼の生い立ちを思うと、結婚式が綺麗な場所だという答えはその回答そのものが美しく尊い。
 その4日後、僕は一人電車に揺られていた。隣に座った女の子の携帯電話に表示されている音楽プレイヤーのアルバムのリストが目に入ってしまった。
 
 おおかみこどもの雨と雪 サウンドトラック
 はっぴいえんど
 チャットモンチー

 他に何組か知らないアーティスト。なんだかとてもかわいくて素敵なリストだなぁっと僕は思い失礼だけどまじまじと見てしまった。
 そのあと、その子がプレイヤーを止めて、検索窓に打ち込んだ文字を見て僕もその場で検索してしまった。

 「わたしのノスタルジア」
 表示されたのは女性シンガーソングライターの情報。
 youtubeに打ち込んで聴いてみる。
 流れてきたのは「かたむすび」という曲。
 僕はずっと目を閉じてそれを堪えた。東京駅につく頃に聴き終えた。それがこぼれるの何度も瞬きをして寝起きなのせいにして誤魔化して僕は電車を降りた。

 なんだかなぁ。たまに世の中は良く出来過ぎているような気がする。
 いま僕は南壽あさ子の歌を聴きながらこのブログを書いている。
 そして、youtubeは彼女の曲を2曲流したあと、LOST IN TIME の「燈る街」を自動再生しだした。
 そういえば、10年位前に少し彼らの歌を聴いていたような気がする。
 「あの日からどれくらい経っただろう」
 その言葉で歌が始まった。投稿日を見てみたら去年の9月。
 彼らは僕が彼らを忘れていた時も歌を作り続けていたのだ。だからなんなのだ?なんなんだろうね。
 理由なんて知らないけど、僕はそれを嬉しく思い、感動したのだ。 
 そして、次にyoutubeが選んだのは「五月の桜」
 いい加減にしてくれ!なんだよこれ!
 あ~どんなに嫌なことがあったり、日々、迷いの中にいてもどうやってもやっぱり春はもうそこなんだよなぁ。
 プライバシーの侵害を犯してしまいました。ごめんなさい。偶然、あの日、電車で隣に座った人。
 本当に助かりました。ありがとう。

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It's my favorite.

 固くなった意志と感情の上には何かが積み上がり、それはいつの日か結実し多くの人々が先へと進むための礎となるだろう。
 柔らかい思考と心は様々なものを受け入れ、彩りを豊かにし、柔軟な発想を生み出し、可能性が広がるだろう。

 何かを否定すること。何かを受け入れること。
 難しくて僕にはまだまだ判断が付かないことばかりだ。

 「忙しい忙しい。めまぐるしく変わる世の中だ」
 一体何がそんなに忙しい。
 「路地裏の隅に種を植えよう。そして育てなくちゃ。それはやがて苗になり、枝葉を伸ばし木になり、太陽の光を吸い込み、やがて太陽を遮る影を作り、遠い未来、春に花を咲かせ、夏は日差しを和らげ、秋は歩く道をふかふかにし、冬の日には白く光り輝くのだから」
 そういうのを忙しいという。
 めまぐるしく変わる世の中だがバラの香りが変化したことなど無い。冬が終わらなかったことなど無い。春の次に夏ではなく秋が来たことなど無い。
 
 僕たちは常に普遍性の中にいる。
 その中で何かを手渡し続け積み上げようとしている。時に誰かが台無しにし、時に誰かが瓦礫の中から鍵を救い上げ、時に誰かがものすごい勢いで駆け上がる。
 
 あーーーーーーーー。
 割りと生きるの。やべぇ楽しいかもしれない。嫌いなものも多いんだ。嫌いな人間も多い。嫌いな音もある。嫌いな絵もある。嫌いな言葉もある。嫌いな考え、嫌いな思想。あるある。ざくざくあるよ。嫌いな自分。嫌いな自分あるよ。

 でも、楽しいよこれ。なんかさ。すげぇことなんだよ。いや何がスゲェって。そりゃな。すげぇんだよ。

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'若き日の思索のために

 「一割くらい咲いているね」
 3日ほど前だろうか、道をゆく中年夫婦が梅の木の枝を手に取りそんな会話をしていた。
 昨日は陽だまりの香りをほのかに孕んだ強い風が吹き抜けた。
 春はもう来てるよ。すぐそこに。ほら、あの角を曲がれば見えるはず。

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Something

 昨日出会ったGalleryにもう一度行ってみた。新たに分かったこともあったけど、分からないことも増えた。
 言葉に出来るものが増えたけど、言葉に出来ないものもまた増えた。
 
 家に帰ってからギターを弾いてみた。音色が変わった。
 歌ってみた。歌声が変わった。

 なら確かに、波紋は僕の中に広がり何かを変えたのだ。
 

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波紋

 久々の休日だった。天気は曇り。気温は10度を超えはするがまだまだ冬の寒さが続いていた。
 僕は連日の憂鬱を今日も引きずっていた。ギターを弾いた。歌ってみた。心は晴れなかった。
 寒さと淀みが溜まった体を僅かに残った意志で動かし、僕は街へ出た。うさぎの描かれたお気に入りのスニーカーが僕の足取りを少し軽くしてくれた。
 いつものように、雑貨屋さんを覗き、服屋さんを覗いた。物欲は付きないものだがお金は尽きるので僕は何も買うことなく吉祥寺をふらふらとただよう。不意に目に留まる足元の小さな''Gallery''の看板が建物と建物の僅かな隙間、もはや裏路地とも呼べないような小さな小さな小道のその先へと僕をそっと導く。
 木造の民家のような建物。ガラス戸の玄関に上品な革靴や可愛いスニーカーが綺麗に並んでいた。
 exhibition space CLOSET
 入り口脇で手に入る情報はそれだけ。どのような展示なのかも分からない。そもそも今日はオープンしているのだろうか。
 誰かが物音に気がついて出てきてくれることを願い、そっと戸を開いてみる。
 ...何も起こらない。
 帰ろうかと振り返ったその時、後ろからシャッター音と「こんにちわ」の声。柔からな可愛らしい女性が微笑んでいた。
 「こんにちわ。いまこれOPENしてるんですか?」
 思えばなんだか僕は間抜けな質問をしているような気もするけど、分からないのだから仕方ない。
 「はい。やってますよ。どうぞ見ていってください」
 彼女の笑顔は気持よく僕の疑問と恐れを砕いてくれた。

 手入れの行き届いた木材独特の濃い茶色の階段を登ると、そこは静けさの中に強い感情を湛えた音楽と優しくも力強い光、そして、可愛らしい笑い声がこぼれる不思議な空間だった。
 そこであったことは、どうにもうまく言葉に出来そうにない。
 
 ただ
 音楽と、写真と、光と、植物と、人々の交わす声と言葉がそこにあった。
 そこは森の中のようで、誰かの家のようで、放課後の音楽室のようで、田舎の片隅に忘れられた古い校舎の部室のようだった。あの空間のすべては展示物だった。あそこにあるものすべてが展示物だった。
 人が増えると少し上がる温度や、誰かが歩くことによって生まれる空気の動きや、訪れた人、迎え入れる人の交わす声も。
 だから、一秒前の展示物は1秒後には見ることは叶わない。
 そして、僕もまた、あの空間に於ける展示物の一つだったのだろう。

 家に帰り今更ながら企画のタイトルを知る。
 <波紋>
 それこそ、固定化のしようのない、何かが広がる様、そのものを差す言葉だ。
 



 

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ようするに俺が言いてぇのはマヤナッツの粉末をお湯で溶かしたのを飲めばよく眠れるってこと

 Sugar meのライブを見て分かったことは2つ。3時間近く立ち続けるのはすごく疲れるということ、そして、30歳を過ぎても女性は女の子でいられるということ。
 渋谷という街は相変わらず僕にとって最低で、まるごと地底深くに沈めたいところだ。あそこがもともとは横穴式の墓地であったことなど露知らず、何かを履き違えた者たちが集い踊る。そんな彼らをあざ笑う僕はその実、彼らを恐れ、怯え、また何かを履き違えている。
 色も形もサイズもばらばらで段違いに掛かったボタンはそれでも僕達をこの場で同じ仲間として縛り付ける。勘違いと勘違いのセッションは毎朝毎晩どこかで繰り広げられ、同じ勘違いをしているもの同士意気投合。飲み屋で語り合い、金銭が発生し、それは周り回り廻り spinning around and around して誰かを救ったり誰かを殺したりしたりもする。
 相手の目を見ずに誰かを殺してしまうことが多くなった昨今、逆に相手の目を見ずに救ってしまうこともあるかもしれないから悪くないのかもしれない。良いとか悪いとかもう本当によく分からないけどね。
 世界はひとつ 世界はひとつ 世界はひとつ 小さな世界
 火鉢とこたつ 火鉢とこたつ 火鉢とこたつ 小さな世界

 僕達がいるのは小さな世界 大きな世界は何処にある?
 小さな世界が何層にも重なればやがてそれは大きな世界になるのではないだろうか?
 
 時代を超えて現代にも引き継がれた勘違いを探そう。
 時代を超えて未来でも語り継がれる勘違いをしよう。
 そして、今日はもう寝よう。やはり寝ることだけはやめられない。
 そう、本当に生きてきて辛かったのは不眠症になった時くらいだ。寝れるうちはなんとかなる。
 寝れない人にはマヤナッツおすすめ。あれ、すごく眠れる。

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