chip of wood

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 僕は仕事を辞め収入が失くなったため携帯電話を停止させた。パソコンからログインしていたLineも電話番号認証ができなくなったため使えなくなった。いま、僕が持っている連絡手段はスカイプとgmailだけだ。その2つに登録されていない人とは連絡が取れなくなったということになる。住所が分かれば尋ねられるし手紙も送れる。でも僕の住所を知っている人も僕が住所を知っている人もいないに等しい。
 不意に不思議な感覚に陥る。
 彼らといま僕は連絡ができない。僕はいま、彼らと繋がっていない。では僕を彼らと繋がっていられたのはLineと携帯電話だったのだろうか?僕は何らかの別の手段を講じてまで彼らと連絡を取ろうとするだろうか?彼らはどうだろうか?
 「いつだって連絡は取れる」その事実が僕の他者との関係構築を薄っぺらいものにしたのだろうか?つだって連絡が取れる状態でなくなったその時に終わる程度の関係しか築けていなかったのだろうか?

 だがそんな疑いを晴らすように、僕がこれから何年も、誰とも連絡を取らず、社会から半ば隔絶されたとしても、いつか必ずなんとかして連絡を取るであろう三人が浮かび上がった。

 そのうちの一人に至っては本当に僕には消息不明でいまどこで何をしているのか分からない。
 彼女と僕はたまにイベントで顔を合わせるくらいで、お茶を飲みに行く約束も、お花見に行く約束も果たせないままだ。
 僕は彼女の描く絵が大好きだった。僕は自分の作り出した物語に望みどおりに誰にでも絵をつけてもらえるよと言われたのなら彼女の名前をあげるだろう。
 彼女の絵は本物だった。「本物とはなんだ?」と言われても僕にはまだ答えられない。ただ、僕は古い絵本や美術史の書物の中で見出すものと同じものを彼女の絵の中に見出したのだ。だから彼女ともう一度何かを作りたいと僕は願う。彼女の絵を始めて見た時からそれは変わらない願い。
 だから、彼女の存在がどうしても必要だと思ったその時には、僕は何が何でも連絡を取るのであろう。

 それならば、いまどれだけ他者との連絡手段を失い、どれだけ友人たちとの記憶から薄れていってもそれほど問題ではないのだ。
 ただ、寂しいという気持ちに耐えるのが少々苦痛なだけだ。

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真夜中の音楽会

 不便さ不自由さというものは、時として我々に様々な出会いや恩恵をもたらしてくれる。クーラーのリモコンを無くして以来、僕の部屋は夏がくる度に熱気が渦巻く耐え難い住環境になってしまったが、5年が経過したいま、一つの恩恵をもたらそうとしていた。
 東京は連日の熱帯夜、眠りにつくのが困難なほどの暑さだった。僕は寝るのを諦めて家を出ることにした。無職でお金が無い故に冷蔵庫で涼んでいた麦茶を水筒へと移し替えリュックに詰め込んだ。
 その時、不意に思いついたのだ。「Tabletを使えば公園の薄明かりの中でも本が読める」ということに。僕は無料の青空文庫から幾つかの小説をKindleでダウンロードしてこれまたリュックの中へと仕舞い込んだ。
 夜中の公園でずっとTabletを見つめ続けている不審者がいると近所の噂になってしまうと困るので(たださえ無職でずっと家に居るから近所の噂になっているに違いないのだから)自転車を少し走らせジブリの森美術館の裏の公園に行くことにした。あそこは夜でもすごく雰囲気がいいし綺麗なところだ。
 外は僅かながら風もあって部屋よりもずっと涼しい。軽快に自転車を走らせ10分もかからずジブリへとたどり着く。そうです。僕は生粋の三鷹市民です。
 しかし、公園に入り耳に飛び込んできたのは軽快なドラムの音。「どういうこと?もう0時廻ってるけど」ワクワクしながら音の方へ向けてペダルをこぐこぐ。
 いました。ジブリの森美術館を抜けて公園に入りすぐのところ、屋根の下にベンチが並ぶちょっとしたスペースにドラムセット、アンプが並んでる。構成はベース、ギター、ドラムのようだ。音から判断するにどうやらフュージョンバンドのようだ、目を向けるとがっつり視線が交錯した。あちらさんは苦情を言われそうで心配なんだろう、こちらを伺うような目線だった。そのまま、さり気ない風を装い通り過ぎ彼らか見えなくるちょっと先を曲がったところで自転車を止めベンチに座る。
 あからさまに練習中と言った感じで、個々の完成度も、全体の呼吸も不揃いだが、決して不快ではない音。スイングする低音、手数の多いドラム、エッジの効いたギター。うんうん。悪くない。とてもよいBGMだ。目線を背後に向ければ人気のないジブリの森美術館。
 Tabletを取り出してKindleを起動しエドガー・アラン・ポーの盗まれた手紙を読みすすめる。気取って古典読んでるわけじゃなく青空文庫には著作権が切れた古典しか無いし、現状無職だから無料の青空文庫以外をダウンロードする余裕はないのだ。
 しかし、それでもなんだか出来過ぎな気がする。生演奏によるフュージョンのBGMと夜のジブリ、そして、僕の手元にはエドガー・アラン・ポー。なんだこれ。よく考えたらおかしいぞこれ。僅かながらの違和感を残しつつも心地よい環境は快適な読書の時間をもたらしてくる。
 くれていたのだが、不意に、フュージョンボーイズたちとは違う方向からやや調子っぱずれのギター語り弾きが聴こえてきた。「えっ!ここってこういう場所だったの!夜の音楽練習場なの!?」BGMには一切適さない自己主張の激しい歌声が多少耳につくものの暖かい心で受け入れ僕は読書を続けた。
 滞りなく(といっても登場人物たちの教養レベルが高すぎる難解な文章を苦労して読み解きながら)一冊を読み終えた僕はTabletを閉じベンチを後にし自転車にまたがった。帰り際に意図的にフュージョンボーイズたちの目の前を通り過ぎ彼らに感謝とエールの念を送った後、心地よい夏の風に乗りながら、三鷹の街をちょっと遠回りしながら家路へとついた。
 

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物語は

 物語は僕たちの心を動かす。
 脈打つ心は鼓動となり僕たちの体を動かす。
 世界の隅っこで始まった小さな一歩は長い距離を歩き続ければやがて道となるだろう。

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