chip of wood

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クラスメイト2

 相沢くんを見送ったわたしは宛もなく街を歩き出すことにした。前傾姿勢を意識しつつ白い足あとを刻んでいく。どうせ倒れるのなら前のめりがいい。静けさなの中で、雪を踏みしめる音だけが鳴り続ける。なんだか悔しいけれど白く染まる街は幻想的で、見慣れたはずの街角が遠い異国のように思えてくる。
 幼いころに慣れ親しんだ芝生が広がるだけの大きな公園は、一面が真っ白で思わず心が湧き踊る。
 自分以外に誰も居ない。人目を気にする必要はない。
 わたしは両手を水平に伸ばし、「キーーーン」と叫びながら公園を走り回った。ズボッズボッっと籠もった音を立てながら、右に左に蛇行しつつふらふらと飛び回る。バターンと背中から倒れこむ。ふわっと雪が受け止める。なるほど・・・ これは気持ちいい。雪は最高だ。
 「ワンワン!」
 静けさを打ち破る元気な犬の鳴き声。見知った茶色い小さな塊が満面の笑顔でわたしの胸に飛び込んで来た。容赦なくわたしの顔をぺろぺろとなめてくる。
 「わっ! コロ! コロじゃない!」
 わたしは上半身を起こすと、小さなコロの体を抱き上げ、頭を撫でてあげた。
 「なんだぁ生きてるし由美だったのかぁ」
 クラスメイトでもあり、幼なじみでもあるところの秋ちゃんは、今日もトレードマークの二つ結びの髪の毛をゆらゆらと揺らしながら歩み寄ってくる。わたしはコロを地上へと返し、起き上がるとパッパッと体に付いた雪を払った。
 「秋ちゃんおはよう」
 「おはよう由美。なんか黒い塊が蹲っているからさぁ。こりゃ死体かな? 事件かな? って思っちゃったよぉ」
 「コロはすぐにわたしだって気がついたみたいだけどね」
 わざとちょっと恨みがましい目で秋ちゃんを見つめてみた。
 「いやいや。まあ無事で何よりですよ」
 真っ赤なコートが似合っているような似合っていなような微妙な感じの秋ちゃんは今日も独特のペースを崩さない。赤と黒を行ったり来たり、足元にじゃれついてコロはたいそう楽しそうで、犬はいつだって少年のように無邪気で、雪のように白い心を持っている。
 「中学の時はよくこの公園にコロを連れて遊びに来たよねぇ。あの頃は楽しかったなぁ」
 45年ぶりの雪に侵食され変わり果ててしまった公園の姿をまるで嘆くかのように由美はしみじみと呟いた。
 「今は楽しくないの?」
 「ううん。楽しい。あの頃はあの頃で楽しかったし。いまはいまで楽しい」
 迷うこと無く断言する秋ちゃんの横顔はちょっとかっこいい。
 「なら、『あの頃も楽しかったね』が正解だ」
 「だねぇ。いつまでも楽しいが続けばいいねぇ」
 秋ちゃんは性格はハキハキしているのに、何処か間延びした奇妙な話し方をする。幼いような、老人臭いような、やっぱり秋ちゃんは微妙な感じだ。
 「秋ちゃんは受験勉強に飽きてくると取り敢えずわたしにメール送ってきてたよね」
 「うん。由美にはついつい甘えてしまうんだよなぁ」
 「いまだから真実を明かすけど、わたしはルールを決めて返信をしていたんだよ。テキストを1ページ進めるごとに返事を書くと。だらだらやっていると秋ちゃんへの返信が遅れてしまうので必死にテキストを進める。そして、メールを送ったら返事が返ってくるまでは一休み」
 「え! それであのペースで返信してきてたの? ちょっと遅いなとは思っていたけど長く待たされた記憶が無いよ!」
 秋ちゃんは心底驚いたようで、一歩後ろに後ずさった。やけに芝居がかった仕草が面白いけどちょっとダサい。
 「頑張ったんだよわたしは。友人を待たせたくない一心で必死に勉強したんだ」
 「それで大抵、由美がコロの散歩に行こうって言い出すんだよね」
 「うん。10回ほどやりとりする頃には大抵疲れ果てていたからね・・・」
 「それが真実かぁ」
 すっきりした表情で空を仰ぐ秋ちゃん。いちいちリアクションがでかいところが彼女の魅力であり微妙なところでもある。
 「でも、同じ高校に行けてよかったね!」
 秋ちゃんは笑顔もやっぱり大きくて、それは文句の付け所がなく魅力的だから、ちょっと悔しくてついつい茶化してしまう。
 「まさかまた同じクラスになるとは思っていなかったけどね」
 わざと不満そうな顔を作り誤魔化すと秋ちゃんはへこたれず笑顔で切り返す。
 「わたしは絶対同じクラスになると思っていたよ」
 「なんで?」
 「なんでだろ? なんとなくかな」
 なんとなくの予感を、確信として生きる。秋ちゃんは完全にスピリチュアルな世界観で生きているし、将来が不安だけど、どう転んでも楽しい人生になりそうなところが凄い。
 「そういえば、秋ちゃんって毎朝犬の散歩してたっけ?」
 「ううん。してなかったよ。お父さんが生きていた頃は、お父さんの日課だったからね」
 「へっ! 秋ちゃんのお父さん死んじゃったの?」
 「そうなんだよぉ。なんかホームから落ちそうになった男の子を助けようとして、勢い余って、躓いて転んで、その時に頭の打ちどころが悪かったみたいでさぁ。なんか死んじゃったんだよねぇ」
 「それでその男の子は助かったの?」
 「うん。なんかその場に居合わせた大学生が、ホームから降りて、落ちた子供を拾い上げて助けたらしいよ。お父さんは助からなかったけど」
 「そうか。お父さんは助からなかったのか・・・」
 「すごく格好悪いからこの話もしたくなくて、だから黙っていたんだよね。ごめんね」
 申し訳無さそうに頭を下げる秋ちゃんは、不始末をやらかした子供の保護者のようで、なんだかちょっといたたまれない。
 「そうかぁ。そんなことがあったのかぁ。出来ればもっと早く話して欲しかったけど・・・。秋ちゃんのお父さんにはお世話になったし」
 死に方にらしさも何もないかもしれないけど、なんだか秋ちゃんのお父さんらしい最後だなとわたしは思った。子供が好きな人だったというよりも子供だった。一時期、わたしたちの中でバトミントンが流行り、ここに集まってみんなで対戦していた。しかし、一番本気だったのは何故か子どもたちに混ざって遊んでいた秋ちゃんのお父さんだったし、一番の負けず嫌いも秋ちゃんのお父さんだった。ちなみに一番下手くそだったのも秋ちゃんのお父さんだった。
 「これは笑い話です!」
 俯き思い出に浸るわたしの両肩に勢い良く両手を載せると、秋ちゃんは真正面からわたしの目を見て断言した。
 「なので笑ってください!」 
 いや、笑えと言われも困ります。でも秋ちゃんがそれを望むのなら、友人としてわたしは努力せねばなるまい。
 「ははは」
 わたしの乾いた笑いと共に白い息が宙を漂いすぐに消えた。なんとも言えない沈黙が降りてくる。秋ちゃんは絞りだすように語りだす。
 「お父さんが死んでしまったことは悲しいけれど、それを笑顔で話せるってことは素敵なことだと思う。悲しいよりも楽しいの方が絶対いいし、だからお父さんの死を楽しいことだと思ってほしい」
 「いや、人様の死を楽しむってのは無理があると思うけど・・・」
 「そこをどうにか! お願い!」
 両手を合わせて頭まで下げられたらもう降参するしか無い。
 「分かりました・・・。はっはっはっ! 秋ちゃんのお父さんの死に方、面白すぎる!」
 「でしょ! わたしのお父さん最高でしょ!」
 「うん! 秋ちゃんのお父さんは最高だ!」
 気がついたら二人で大声で叫んでいた。悲しいのに泣きそうなのに何故かすっきりしていて不思議な気分だった。笑うということがこんなにも気持ちの良いものだとはわたしは知らなかった。秋ちゃんのお父さんは死んでしまったけれどわたしたちは生きている。生きているのなら笑顔で、笑って生きていきたい。そんなことをわたしは思ったのだった。
 「今度、一緒にお墓参りに行っても良い?」
 「うん。もちろんいいよ! お父さんも喜ぶよ! むしろ今から行こう!」
 えっ! いまから? 秋ちゃんは思い立ったらすぐ行動だ。でも、秋ちゃんのリズムに付いて行くということがわたしの中ではとても大切なことなのだ。
 「了解。じゃあ今から行こうか。場所は多磨霊園かな?」
 このあたりでお墓といえば多磨霊園のことだし、わたしの祖父もそこで眠っている。
 「うん。実は、コロの散歩ルートに多磨霊園は入っているの」
 なるほど。毎朝、秋ちゃんとコロはお父さんのお墓参りをしているのか。ちょっとグッと来て目頭が熱くなってしまった。
 「んじゃあ早速向かおうか」
 零れ落ちそうになる涙を誤魔化すように、わたしは先陣を切って歩き出した。

続く
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