chip of wood

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クラスメイト5

 「衿沢さんおはよー」
 体全体を使い、元気に手を振る秋ちゃんに、衿沢さんはあくまで上品に小さく手を振り返した。真っ赤なマフラー、ネイビーで細めのロングコート、カーキのスキニーパンツに赤いブーツ。どれも一目見て高級なものだと分かる。衿沢さんはお嬢様なのだ。背筋を伸ばし、雪道を悠然と歩くその姿はちょっと雰囲気があり過ぎて逆に笑ってしまいそうになる。
 「おはよう。秋さん、由美さん。まさか雪が降り積もった早朝、こんな場所で知り合いに会うとは思わなかったわ」
 「私も驚きだよ。衿沢さんの家ってこのあたりじゃないよね?」
 そう。秋ちゃんの言うとおり、衿沢さんの家は確か井の頭線の下北沢とかあっちの方だったはずだ。
 「昨日は従姉妹の家に遊びに行って、そのまま泊まったのよ。凄い雪で、ダイヤも乱れていたしね」
 「従姉妹の家はこのあたりなんだ」
 「そう。このすぐ近く。なんだか早く目が覚めちゃってね。従姉妹を起こすのも悪いし散歩でもしようかと思って。私、雪が好きなのよ」
 大人びた印象の衿沢さんが雪が好きというのは意外な気がしたけど、ある意味ではすごく似合いそうな気もした。衿沢さんには風情があるのだ。
 「それで二人は犬の散歩? 毎朝の日課なの?」
 「わたしも早く目が覚めちゃって、散歩してたら偶然秋ちゃんと出会ったんだよ」
 「私は日課だよ。毎朝コロを連れて散歩してます」
 衿沢さんはしゃがみ込み、コロに目線を合わせると頭を優しくなでた。
 「コロちゃんて言うのか。小さくて可愛いわね」
 衿沢さんの上品な微笑み方は、大人っぽくてずるい。たまに同い年とは思えない時がある。
 「墓地って歩いているとすごく落ち着くのよね」
 立ち上がると唐突に話題を振る衿沢さん。しかし、意外な意見だ。日が昇る前の薄暗い墓地はやっぱり不気味だしちょっと怖い。
 「へー。なんでなんで?」
 秋ちゃんは興味津々と言った表情で説明を求める。わたしもどんな理由か気になる。
 「死者が眠る場所というのは、ネガティブなイメージも湧きやすいけれど、私達の生きる今を、私達の日常の礎を作った人たちが眠る場所と考えると違ったイメージが湧いてこない?」
 「うん。なるほど。確かにそういう風にも言えるよね」
 秋ちゃんが相槌を打つ。
 「お墓で眠るのは私達の先祖たち。かつて、同じようにこの地で暮らしていた人たちじゃない。そして、彼らの先に私達は立ってる。見えないけど絆みたいなものがあるような気がするのよ。だからきっと恐れる必要なんてないのよ。彼らの多くは私達を優しく見守ってくれているはずよ」
 「それは素敵な考えだなぁ。そもそも死者が眠る場所を怖がるなんて失礼だもんね。理由もなく彼らが私達に何かをしてくるなんて、そんなことあり得ないもんね。漠然としたイメージだけで怖がるのは良くないよね」
 秋ちゃんはぐるっと辺りを見回すと続けて呟く。
 「墓地は優しい場所だったんだねぇ」
 「そう。だからすごく落ち着くのよ」
 自分の考えが伝わって衿沢さんも嬉しそうだ。
 わたしも改めて墓地を見渡してみる。薄暗く多少怖くはあるけれど、暗闇の中に何かが潜んでいるような恐怖感はもはや感じなくなっていた。
 「それじゃあ、秋ちゃんのお父さんに会いに行こうか」
 「そうだね。雪に埋もれているであろうお父さんを助けに行こう」
 衿沢さんが少し間をおいたあとで口にする。
 「秋さんのお父さんのお墓参りに来たのね」
 「うん。実は私のお父さん、半年前に死んじゃったんだ」
 それを聞くと衿沢さんは一言「そう」とだけ呟いた。素っ気なくもなく、感じ入ったようでもなく、ただ、純然と事実を事実として確認しただけのような、そんな返事だった。
 「では秋さん由美さんまた学校で会いましょう」
 衿沢さんは別れの言葉もそこそこに、雪道の向こうへ消えていった。
 


 コロはお父さんのお墓の場所をしっかりと覚えているらしく、元気よくわたしたちを先導してくれた。雪をかき分けながらわたしたちは必死にコロを追いかける。
 「わたしちょっと衿沢さんって苦手なんだよね」
 「えっ?どうして?」
 わたしの突然の告白に驚く秋ちゃん。
 「苦手なだけで嫌いな分けじゃないよ。ただ、敵わないなって思うんだよね」
 「確かに衿沢さんは私達よりほんの少し上にいる気がする」
 「うん。上なんだけど大人ってのもなんか違くて、ただ、わたしたちには見えていないものが衿沢さんには見えているような気がする」
 「いつか由美も追いつけるといいね」
 「わたしは追いつきたいのかな? 違うような気もするけど…。いや認めたくないだけか」
 「由美ちゃんは由美ちゃんで見えているものがあるから大丈夫だよ」
 「だといいんだけどね」
 わたしは大人びたふりをしているだけの子供だ。実は秋ちゃんの方がずっと大人なのだ。
 


 「ここがお父さんのお墓です」
 霊園のちょうど真ん中の辺り、ほどほどの大きさのお墓が密集している所に西野井(いりのい)家の墓があった。
 「お父さん。今日は由美が来てくれたよ。死んじゃったこと、伝えるのが遅くなっちゃってごめんね」
 秋ちゃんは墓石の上に乗った雪を手袋を付けた手で払いながらお父さんに話しかけた。
 「お久しぶりです」
 頭を下げ一言だけ挨拶をして目をつぶりお祈りをした。
 目を開けると秋ちゃんも同じように手を合わせ祈っている。そっと閉じられた目、両端がちょっとだけ釣り上がった口元、優しくて可愛いその表情はすごく印象的で、わたしの瞼にはっきりと焼き付いた。
 「由美、来てくれてありがとうね」
 「いえいえ。お礼なんていらないよ。わたしが来たかったから来ただけ」
 「それなら良かった」
 東の空が赤く染まり始めた。そろそろ夜明けだ。紫の空に赤い太陽。木々に積もった雪が、オレンジ色に反射する。朝焼けに染まる墓地の風景はとても綺麗で、いつまでも眺めていたいそんな気にさせられた。そんな風に感じたのは衿沢さんの話を聞いた後だからだろうか。捉え方一つ心の持ちよう一つで、世界は瞬時に色を変える。心が豊かになれば世界は鮮やかな彩りへと変化するのかもしれない。そんなことをわたしは、思ったのだった。
 「それじゃあ帰ろうかな。由美はどうするの?」
 「わたしはもうちょっとぶらぶらしてみるよ」
 「了解。じゃあまた学校でね」
 「うん。学校で会おう。またね」
 秋ちゃんと別れたわたしは、朝焼けの空を楽しみながら再び宛もなく雪道を歩き始めたのだった。

続く
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