chip of wood

太陽の休日 1

 わたしは雨が好きだったり、女の子なのに赤やピンクよりも青や緑が好きだったり、褒められるのが苦手だったり、優しいねと言われるのが嫌いだから、よく天邪鬼だと言われる。でも、わたしは自分が好きなものを素直に「好きだ」って、苦手なものは「苦手だ」って言ってるだけで、捻くれてなんていないって自分では思うんだ。
 雨の日はお気に入りのスニーカーをぐちゃっとさせるし、朝の電車はいつもよりもギューギューだし、母が買い物に行きたがらないせいで夕飯のおかずが寂しくなったりもするけれど、それでも、いつもと違う景色が、いつもと違う音があるから。わたしは雨が好きだ。
 わたしはみんなにも雨を好きになってほしい。だから今日は、わたしが雨を「好き」から「大好き」に変わった日のことを話そうと思う。


 その日は素敵なことが3つあったんだ。午後から雨が降りだした。それがまず一つ目。
 二つ目は放課後のブラスバンド部の練習の時のこと。いつものことだけど、みんなが思い思いに演奏するものだから、音楽室が無秩序な音で埋め尽くされ、わたしもホルンを吹くのに夢中で雨のことをすっかり忘れていた。だけど、合奏練習が始まる時間が近づくと、徐々に音が少なくなっていって、それに反比例するように雨の音を耳が拾い始めたんだ。そして、やがて雨音だけになってしまった。
 顧問の井内先生が指揮台の上に立ち、それを扇型に囲むようにわたしたちが並ぶ。先生は何も言わず生徒一人一人と目線を合わせるように左から右へ、そして、今度は右から左へとゆっくりと視線を動かす。そして、正面を向き一度頷き指揮棒を振り上げた―――次の瞬間、幾つもの新しい音が同時に生まれ大きな一つの波を作り出し雨音を流し去ってしまった。
 雨は静寂を教えてくれるけど、それをわたしたちに押し付けたりはしない。何かに夢中になっている時はひっそりと隠れていてくれる。そういうところがとても良い。その日のわたしたちの演奏ももちろん素晴らしかった。

 
 3つ目は家に帰る時のこと。雨足がだいぶ弱まっていたのでわたしは一駅手前で降りて歩いて帰ることにしたんだ。
 小雨の時、わたしは決まって傘は差さない。少し濡れるのが気持ち良いし、何より傘を持っていたら自由に歩き回れないし、視界も遮られてしまうから。
 隣の駅は住んでいる駅よりもずっと賑やかで雨なのにたくさんの人がいた。傘を差さずに平然と歩いているのはわたしだけだけど、それはいつものことだから気にしない。見上げれば、デパートやビルの明かりに照らされた雨がぱらぱらと降り注ぎ、アスファルトを見下ろせば信号機の赤、緑、街灯の白、車のテールランプのオレンジが雨に濡れた地面に反射してる。
 もうちょっと強い雨だと、水が跳ねて楽しいけれど、そうなると本当にびしょ濡れになってしまうので少し困る。でも気温が高くて、そのあと何も予定がなければ強い雨の中でも傘を差したくない。夏休みの夕立なんて最高だ。雨上がり、いつもはまとわりつくようで暑っ苦しい夕方の風が、濡れて冷えた体を包み込む優しい風に変わるから。その日は物悲しい秋雨。夏の雨は力強さを感じるけど、秋の雨はよく言うと優しい、悪く言うと弱っちい感じ。傘なんて差したら可哀想。
 賑やかな繁華街を抜けて、デパートの脇の小道へ入れば公園へと続く道だ。
 赤と青の上品な傘を差している人を見つけてちょっと羨ましく思う。母親に手を引かれる黄色い雨合羽を来た小さな男の子が可愛くて思わず微笑んでしまう。頭上に鞄を掲げて小走りで駅へと走っていくスーツ姿のお姉さんは、今朝、天気予報を確認しなかったうっかりさんだ。 わたしと同い年くらいの男女二人組が傘を差さずに笑顔で歩いている。彼らも雨が好きだ、なんてことはないのだろうな。きっと、雨が降っていても恋人と過ごす時間は楽しくて、楽しいから傘なんて差さなくて平気なのだ。女の子の方は左手にピンクの傘を持っている。もしかして寄り添うためにあえて差さないで歩いているのだろうか? それとも彼氏は傘を持ってなくて、それで自分も差していないのだろうか? 二人で一つの傘に入ればいいけど流石にそれは恥ずかしいからやらないのだろうか?
 雨の日は雨の日ゆえのあれこれがあるもので、わたしはそのあれこれを考えるのも好きなのだ。雨は外を歩くすべての人に降り注ぐけど、心底それに困っている人もいれば、わたしみたいにはしゃぐ人もいる。お百姓さんは日照りが続いたあと雨が降れば喜ぶだろうし、どこかでお祭りが行われているとしたら中止になって悲しいでいる人がいるだろう。この雨に生命を救われた人がいるかもしれないし、逆に命を雨に奪われることもあるかもしれない。もしかしたらこの雨がきっかけでどこかで恋が始まっているかもしれない。
 そして、わたしにとってこの日の雨は、大げさかもしれないけれど、素敵な世界への入り口だったんだ。
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