chip of wood

needle

 最近、英語の歌の中にある「needle」という言葉がよく目につくのだけど、それは日本語にすると「棘」という意味で、その「棘」という言葉が出てくる日本語の歌ってあったかなって考えたら思いつかなかった。
 「棘」というものは日常の中に多く転がっており、大なり小なりチクリと刺さり時に出血を伴う。歩けば歩くだけ棘が刺さるし、何かに触れるとそこには必ずと言っていいほど棘がある。なんでこんなにも棘が多く転がっているのだろう?
 日常の中で刺さり続けた棘たちは、いつしか僕らを蝕み傷だらけにする。歳を重ねた人たちはきっともうボロボロだ。
 なら、何故、それでも歩くのか、触れるのか。生きていられるのか。
 最近の僕は、なんでみんなちゃんと生きているんだろう?と当たり前のことに疑問を抱き始めている。
 「何か」あるんだろうな。簡単には口にできない「何か」が。それを言葉にするのは、小説家や音楽家などのごく一部だから。みんなが口にしてくれないとそれがなんだか日常には存在しないように僕には思えてしまう。
 それとも、実際にないんですかその「何か」は。ごくごく平凡ななんてことない、特筆すべきことは何もなく、観客を集められないような筋書きで、誰も踊れないようなリズムで進む、そこら中に転がっている日常の中にはその「何か」はないのですか?
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