chip of wood

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波紋

 久々の休日だった。天気は曇り。気温は10度を超えはするがまだまだ冬の寒さが続いていた。
 僕は連日の憂鬱を今日も引きずっていた。ギターを弾いた。歌ってみた。心は晴れなかった。
 寒さと淀みが溜まった体を僅かに残った意志で動かし、僕は街へ出た。うさぎの描かれたお気に入りのスニーカーが僕の足取りを少し軽くしてくれた。
 いつものように、雑貨屋さんを覗き、服屋さんを覗いた。物欲は付きないものだがお金は尽きるので僕は何も買うことなく吉祥寺をふらふらとただよう。不意に目に留まる足元の小さな''Gallery''の看板が建物と建物の僅かな隙間、もはや裏路地とも呼べないような小さな小さな小道のその先へと僕をそっと導く。
 木造の民家のような建物。ガラス戸の玄関に上品な革靴や可愛いスニーカーが綺麗に並んでいた。
 exhibition space CLOSET
 入り口脇で手に入る情報はそれだけ。どのような展示なのかも分からない。そもそも今日はオープンしているのだろうか。
 誰かが物音に気がついて出てきてくれることを願い、そっと戸を開いてみる。
 ...何も起こらない。
 帰ろうかと振り返ったその時、後ろからシャッター音と「こんにちわ」の声。柔からな可愛らしい女性が微笑んでいた。
 「こんにちわ。いまこれOPENしてるんですか?」
 思えばなんだか僕は間抜けな質問をしているような気もするけど、分からないのだから仕方ない。
 「はい。やってますよ。どうぞ見ていってください」
 彼女の笑顔は気持よく僕の疑問と恐れを砕いてくれた。

 手入れの行き届いた木材独特の濃い茶色の階段を登ると、そこは静けさの中に強い感情を湛えた音楽と優しくも力強い光、そして、可愛らしい笑い声がこぼれる不思議な空間だった。
 そこであったことは、どうにもうまく言葉に出来そうにない。
 
 ただ
 音楽と、写真と、光と、植物と、人々の交わす声と言葉がそこにあった。
 そこは森の中のようで、誰かの家のようで、放課後の音楽室のようで、田舎の片隅に忘れられた古い校舎の部室のようだった。あの空間のすべては展示物だった。あそこにあるものすべてが展示物だった。
 人が増えると少し上がる温度や、誰かが歩くことによって生まれる空気の動きや、訪れた人、迎え入れる人の交わす声も。
 だから、一秒前の展示物は1秒後には見ることは叶わない。
 そして、僕もまた、あの空間に於ける展示物の一つだったのだろう。

 家に帰り今更ながら企画のタイトルを知る。
 <波紋>
 それこそ、固定化のしようのない、何かが広がる様、そのものを差す言葉だ。
 



 
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