chip of wood

僕の音の中には少しあなたの血が流れているなんて誰も信じてくれないでしょうか?

 何から語れば良いのかわからないし、どう説明したらいいものか、僕にはまだ分からないのだけど、いま拙くてもいいから形に残したいので聞いてください。

 僕には一人の友がいた。彼と今でも友かと聞かれれば、僕はたちまち言葉を失ってしまうだろう。でも、それでも、僕たちは少なくとも再び友として一緒に泣き笑い、何かに挑む日々を夢見て、怯えながらその手を伸ばそうとお互いにしているに違いない。

 僕には言葉があった。彼には音があった。だから二人で歌を作った。
 彼の音の世界に耳を傾け、そっとそこにお邪魔して、旅をして、そして、そこで僕は物語を描いた。
 それはやがて言葉となる。そして、その言葉に彼はメロディーを付けてくれた。
 
 僕はずっと彼の音の中で過ごしてきた。彼の音は子守唄のようで、放課後の教室で一人、遠くから聞こえてくる音に耳を傾け続けているような安らぎがあった。

 でも僕たちは徐々に夢から冷めていった。放課後に終わりが訪れるように、いつまでも子守唄を聴きながら眠ることが許されないように、僕たちが僕たちのままで生きていくことも許されることはなかった。

 夢から覚めた僕は現実の中で何が現実かも分からないままさまよい続けた。過ちを繰り返し、それでも言葉を吐き続け、言葉によって誰かを傷つけ、言葉によって誰かを癒やし、言葉の力で誰かを殺そうとし、言葉の力で誰かを救おうとした。
 
 夏が終わる頃だった。その時、僕は言葉によって人の心を殺そうとして失敗したあとだった。
 彼は故郷の帰省に誘う仲間たちの一人として僕を選び声を掛けてくれた。僕はすがるようにそれに飛びついた。

 彼の実家は岡山の田舎も田舎、コンビニでさえ、歩いていくことが困難なほどだった。
 僕たちは夜の道路で寝転び星空を仰ぎ、小さな名も知らぬ祠に手を合わせ、池の主の蛙を探し、山の奥から聞こえてくる僕たちの知らない何かの声に驚き、線路の上で遊び、彼の古い記憶を旅して回った。
 僕たちを車で色んな所に連れて行ってくれたのは彼の父だった。優しい目と穏やかな声を持つ、素敵な人だった。その笑顔にはこの地で家族を守り生きてきた証を見て取ることが出来た。お父さんは優しく力強く、それでいて、さり気なくそっと僕たちを包み込んでくれた。

 今日、その笑顔をもう見ることは叶わなくなったのだと知った。
 

 僕は無意識にギターを手に取っていた。今朝、ワンフレーズだけ出来た夏の曲。それを弾こうとしたら、左手は不意に、いままでと違うコード進行を選択し、そして、次々と新しいフレーズが生まれ、あっという間に一つの線を描き出した。
 
 そして、幾つかのフレーズの中で一番優しい音。何処か懐かしい音。これは確かに彼の音だと僕は感じる。
 彼の音は僕の中で形を変え、今でも生きている。彼の音の中には岡山の風景が、父の笑顔が、確かに宿っているに違いない。そして、音を生み出す彼の体を流れる血の半分は父から受け継がれたものだ。
 だから、僕の音の中にはあなたの血が少しだけ、形を変えてほとんどそれと誰にも分からないかもしれないけど、流れているに違いないのです。
 なんて言ったら、あなたは笑って受け入れてくれるでしょうか?


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