chip of wood

それが自分を捨てるということなら

 働くということの意味が、大切な自分を捨てるということなら、自分を捨てた対価としてお金が払われるというのなら僕はそんなことは認められない。僕は僕のままで社会と関わり、僕のままで人々の前で立ち働きたい。
 僕は愛することが出来ない僕は、人を愛せるようになりたいのだ。愛しているから働きたいのだ。なのになんで愛せなくなるんだ。なんで働くことによって人を愛せなくなるんだよ!
 僕は人間が大好きだ。人間は僕を追い詰める。だから好きなのに愛せない。憎しみがそれの邪魔をする。
 強くなりたい。強くなれば愛せるのなら強くなりたい。やさしくなりたい。やさしくなれば愛せるのならやさしくなりたい。

 強くなったと思っていた。でもそんなことはなかった。僕は弱いままだった。

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くたびれて負けそうになってるから歌を作ることにする

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穏やかな詩を

 みなさんお元気ですか。僕は少し疲れてはいるけれどまだ笑えます。
 大切なものを見失ったりもするけれど、泣いて嘆いて誰かに迷惑をかけた末にまた光が差します。

 あれは15年と少し前のことです。僕は明日が来ないことを望んでいました。日々が続くことが苦痛でした。物語にふれることで現実と空想の境界を曖昧にして生き繋いでいました。
 小説を読み、漫画を読み、散歩をする。ふわりふわりと街を彷徨う。そんな存在でした。

 吉祥寺の駅を降りて井の頭公園へと抜ける路。公園に差し掛かる階段。そこを降りる時、僕の口はぷかりとある言葉を口にしていました。
 「楽に死ねる方法ってないのかなぁ ?」
 すると、隣を歩いている見知らぬおばあさんが言いました。
 「老衰は楽に穏やかに死ねるわよ」

 それなら、生き続けて年老いてそれから死ぬしかないな。
 
 何度そのことを思い返してもそれが現実だとは思えなくて、僕の妄想か何かではないかと疑ってしまいます。
 そのおばあちゃんも、そのやりとりも現実かどうかは分かりません。
 でも精一杯生きたあとにこそ穏やかな死があるということは、きっと紛れもない事実なんでしょうね。

 おばあさん。あなたは本当にあの時あの場所に居ましたか?あなたはいまも生きていますか?穏やかな死を迎えられそうですか?それとも、もう穏やかに笑ってこの世を去ったあとですか。
 あなたと交わした会話は一言だけ。あなたの顔も思い出せないし、あなたの名前も知りません。
 でも僕はいまも生きていますよ。穏やかな死を目指して生きてますよ。

 みなさん。お元気ですか ?
 生きることは辛いですか ?
 きっと誰もが辛く泣き出したい日々を超えて今日、そこにいて、僕のこの文章を読んでくれているのでしょう。
 頑張ってみましょう。穏やかな死はあるのです。それは必死に必死に生き抜いたあとに訪れるのです。
 さぁ、死ぬまでに僕はあと何回「おはよう」というのでしょう。明日になれば明日が来ます。未来が来れば未来が待ってます。
 おばあさんが死んだあとにも僕は生きてます。僕が死んだあとにもきっと...。

 それだけで、少し笑顔になれませんか?
 

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恙無い一日

 僕を苦しめているのは際限なく何処までも強く清らかであろうという僕自身の意志だ。
 僕を追い詰めているのはきっと僕自身で、誰かが僕を責めているわけではないのだ。
 僕は僕に許されるために懺悔を繰り返し罪を償い続けている。
 僕は僕自身に監視されながら日々を過ごしている。
 僕は僕から逃れられない。湧き上がるのは自分への殺意だ。
 この、理不尽に僕を追い詰める僕という存在との戦いは終わることはないのだろうか?


 なんて風なことを思うのだけど、それは単にいま風邪を引いていて、体力が落ちているから気持ちも落ち込んでいて、大切な人に風邪であることを告げていないということがなんだか僕の中で気がかりで、それが何故伝えられないのか考えていたらまた疲れてきて電車の中でうとうとと眠っていたんだ。
 ウイルスとの戦いで少し熱くなった体とふわふわとぼ~っとする頭はなんだかそれはそれで心地良くもある。
 家に帰りギターを弾いて歌ってみたら咳ばかりしていた喉はそれでも歌を楽しく口ずさむ。手もいつもどおり動いてメロディーを弾く。
 ギターを弾くのに疲れてなんとなくインターネットでAVを見てみたら、性欲が湧いてきて、性欲が湧いてきた自分に失望し、怒りを覚えた。そしたらなんだか絶望感がやって来たのだ。


 そして、こうして、いま、そんな想いを言葉にして吐き出す。外へと放り出された絶望感はなんだかちっぽけな靄になってすぐに消えた。
 付けたままだったマフラーを取る。するとたちまちのうちに涼しくて心地よい空気が僕の首元に寄り添う。
 穏やかで軽やかな気持ちが僕を満たしこうして無事に今日という日は恙無い一日となったのだ。
 
 今日も僕は大切な人へ想いを乗せたメールを打つのだ。

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戦いを開始する

 戦いを開始する。僕は己との戦いを開始する。
 戦うのは自分自身であるからして、この戦いの行方に待ち受けるのは、僕の勝利であり、僕の敗北だ。
 どちらにせよ、僕は勝利し、僕は負けるのだ。
 これは今の僕と、未だ存在していない虚構の僕との戦いであり、それは虚構が現実に挑むという行為である。
 観客は僕であり、審判は僕である。応援するのは僕であり、野次を飛ばすのも僕である。
 
 しかし、その勝利を祝福してくれるのは僕だけじゃないかもしれない。
 これは誰かに祝福されるための戦いである。

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